目覚め
ヒダカサツヤ
深い闇、僕の心をかき乱す。
何故、貴方は傍に居てくれないの?
僕を救ってくれるのは、貴方だけなのに…。
貴方を取り巻く全てのものから貴方だけを奪い去りたい。
強く、強く願う。儚い夢のように、甘い誘惑。
そう…心から望めば、叶うのだ。貴方を手に入れる術、僕はそれを知っている――。
夏の名残もあと少し。予定外にも、帰郷する事になった。
「リーンって、久し振りかも…?」
「懐かしいか?」
「うん…!」
(嬉しいな…こうして帰ってきたの、何年ぶりかな?それに…)
チラッと横目で見る。そこには、長年の片思いの相手がいる。
(くーちゃんと、一緒に帰ってくるとはね…)
最近になって、気になっていた級友のクウェイルが、実は初恋の相手だったことが
判明した(思い出した)のだ。
それからというもの、淡い恋心は初恋の想い出に変わってしまった。ただ、
想い出というものは綺麗でいつまでも心に残るもので…
時々、心が切なくもなるのです。
「じゃあ、ここで…」
「あ、ねぇ…その…」
顔が紅くなる。やっぱり、色々難しい。
「約束なら…ちゃんと覚えてるよ。祭りの夜に会おうな?」
振り返って口元だけで笑った。
(―――っ!)
声が上手く出てこなかった。瞬間、心に温かいものが流れてくる。
嬉しい、ウレシイ、うれしい!
(約束、覚えててくれたんだ…ホント、優しいよ、くーちゃん…)
いつだか、祭りに連れて行ってもらった事を覚えてる。
幼い頃の、幸せな記憶…。
誕生日に何が欲しいのかと訊かれ、心に浮かんだのはその事だった。
『…また、お祭りに連れていって欲しい…』
『何だ、そんな事で良いのか?』
約束は、きっと果たされるだろう。
懐かしい我が家。大きな敷地には見慣れぬ建物が増えていた。
それが噂の増築された書庫だろう。
「只今戻りました!」
「アヤトちゃん!」
迎えてくれたのは母親。随分と老けた気がする。
もう10年近くも会っていなかったのだから当然である。
「その格好は何?女の子がはしたない…」
「こういうのが流行ってるの!似合うんだから良いじゃない」
「母さん、カナシイ…」
嘆くフリをする。感動とか、涙とか、そういうものは必要ない。
帰ってきただけなんだし、生き別れとか、もう会えないとか、
そういうのって有り得ないと思う。だから、家族なんだと思う。我が家なんだね。
「そうだ、サヤキくんのところに行ってあげて。
彼も成長して、素敵な男の子になってるわ」
「うん、自慢の弟だもの」
「あら?随分自信たっぷりね?」
母親が笑う。
「だって、そうなんでしょ?」
弟の部屋へ向かう。胸がドキドキする。可愛かったあの子がどうなっているか、
楽しみで仕方がない。
「サヤキ、入るよ?」
ドアを開けて中に入る。相変わらず書架に囲まれた部屋だこと。
ベッドに起きあがっているその姿を見る。
「おかえりなさい、姉上…」
穏やかに微笑う。少年らしい幼さも残るその顔は、想像していたよりも、
ずっと男の子で――見知らぬ男の子がそこにいた。
「サヤキ…大きくなったね?身体、大丈夫?」
「最近は調子も良くてね。それより、もっとこっちに来て。顔を見せてよ」
ベッドの脇に行く。少しだけ腰掛けて話をする。友達の事、学校での出来事や課題、
日常生活――。
「楽しいんだね?生き生きした目をしてるから判るよ。それに、大切なんだね?
その、ネイビさんって人…」
「えっ?そんなんじゃないよ、違う。ネイビはそういうのじゃないよ…」
(どうしてこんなに動揺してるの?何で?)
自然と顔が紅くなる。
「…だってね、弟なんだもん。ネイビは、アヤトの弟なの。そういう存在だから…違うよ」
「…弟、か。羨ましいな…姉上を独り占めか。僕には遠すぎるよ…」
「何言ってるの?サヤキは、アヤトの弟でしょ。サヤキの方が大事だよ」
口にして恥ずかしくなる。
「僕もだよ。僕も姉上が大切。だから…」
そっと手が握られる。
「傍に居てよ…離れていかないで」
楽しい時というものはすぐに過ぎてしまうもの。
(くーちゃんとのお祭りも行ったし…帰ってきて良かったな。
サヤキも嬉しそうにしてくれてるし…)
「――姉上?」
「えっ?…な、やだ。何か勘違いっ…」
一瞬、聞き違えた。良く似た声。
「考え事してた?」
「あ…ちょっとね。それに、勘違いしちゃって…あんまり似てるから…」
「そんなに?」
顔を覗き込まれる。視線がイタイ。
「似てるよ、声は。雰囲気も少し似てるかな?」
「比べられる対象が僕のほうなんて、神様も姉上もイジワルだ」
拗ねたような表情が可愛い。
「拗ねないの。ほら、そろそろ寝よう。こうやって一緒に眠ったりできるのは
本当の姉弟の特権でしょ?」
明かりを消して、しばらくするとかすかに寝息が聞こえる。
起こさないように起き上がる。安らかな寝顔に満足そうな笑みを浮かべる。
「本当の姉弟…ね。まだ、信じてくれてるの?僕の事…」
幾分伸びた髪に触れる。頬に、そして唇に…。
「愛してるんだ…本当は誰にも見せたくなんかない。触れさせたくない。
僕だけのモノにしたいのに…」
眠っている、その閉じられた瞼に口付けを一つ、落とした。
この歪んだ想いに気付かれないように、
――気付かないように。
さぁ、認めてしまえ。もう一人の自分を、僕という存在を。
心の奥に隠した想いを呼び起してやろう。
もうすぐ目覚める、その日は近い。